日本の知人とメールなどでやりとりをする限り、少なくとも関東ではもはや原発災害は過去のことのようになっている気がします。その一方で、夏休みに入ったこともあり小さなお子さんのいる方々は少しの間でも放射能汚染の少ない地域へ、ということで関西や沖縄、またはここオーストラリアへも避難する人も増え始めました。
7月19日、政府と東京電力は福島第1原発事故の収束に向けた工程表のステップ1、「原子炉の安定的な冷却は達成」と発表しました。しかし、メルトスルーして核燃料は溶け落ちた状態、原子炉格納容器の中にもう核燃料はない可能性が高い。このような状況で本当に安定的な冷却は出来るのでしょうか。
また、放射能汚染地域は徐々に広がり、野菜、牛肉、魚介、飼料、腐葉土などからセシウムが報告されています。
今回の事故を起こした最大の責任者である政府と東電がなんとか事故を小さく見せたいとしているように思えないでしょうか。
今日は、私が参考にしている原発の状況や放射能汚染に関するインターネット情報のいくつかをご紹介します。
1.京都大学 原子炉実験所 小出先生
京都大学 原子炉実験所 小出先生
2.放射能汚染の広がり
講談社 現代ビジネス
3.東京大学 先端科学技術センター 児玉先生
衆議院厚生労働委員会「放射線の健康への影響」について。
児玉先生の満身の怒りのスピーチは、YOUTUBEにかじりついてみてしまいました。
これは日本のテレビや新聞に報道されたのでしょうか?
広島原発20個分のウランが漏出 原爆汚染よりもはるかに大きな放射線物質残存量を発生した。
今、早急にやるべきことを述べられています。
東京大学 先端科学技術センター 児玉先生
質疑応答部分
4.ウラニウム産出国オーストラリアでは、ウラン鉱山を増やそう
とする動きがあるようです。それを阻止しよう、というビデオ
Stop Uranium mining expansion in Australia.
Rox Stop Action
2011年7月30日土曜日
2011年7月24日日曜日
これから
このように、2011年3月、今まで経験したことのない大災害が発生。
そして、今までの災害と異なり、発生してからも状況は悪化していた。
大きな余震が続く。
放射能汚染は広がる。
原発事故は収束の見込みが見えない。
そんなことから、私たち家族は南半球、オーストラリアにやってきた。
これから、この国で体験することをつれづれなるままに書いていく。
そして、今までの災害と異なり、発生してからも状況は悪化していた。
大きな余震が続く。
放射能汚染は広がる。
原発事故は収束の見込みが見えない。
そんなことから、私たち家族は南半球、オーストラリアにやってきた。
これから、この国で体験することをつれづれなるままに書いていく。
2011年7月22日金曜日
3月19日 シドニー到着
| マンリービーチ |
マンリーはシドニー湾の入り口にあるシーサイド・リゾート。シドニー中心部からフェリーでわずか30分。 太平洋とシドニー湾に面した美しいビーチにはさまれた街には、おしゃれなカフェやレストランが90か所以上。水泳、ダイビング、カヤックなどのマリン・スポーツ、ノース・ヘッド岬やスピットウォーターへのウォーキングなど楽しめる別天地である。
マンリーの情報
2011年7月21日木曜日
大規模余震の多発
未曽有の被害を出した東日本大震災は発生直後から、大きい余震が連日多発していた。震度5以上の余震の一覧(3月19日まで)
3月11日 20:37 岩手県沖 30km M 6.4 5弱
3月11日 17:41 福島県沖 30km M 5.8 5強
3月11日 16:29 三陸沖 ごく浅い M 6.6 5強
3月11日 15:15 茨城県沖 80km M 7.7 6弱
3月11日 15:06 三陸沖 10km M 7.0 5弱
3月11日 14:46 三陸沖 10km M 9.0 7弱
3月12日 23:35 新潟県中越 10km M 4.4 5弱
3月12日 22:15 福島県沖 40km M 6.0 5弱
3月12日 5:42 新潟県中越 ごく浅い M 5.3 6弱
3月12日 4:32 新潟県中越 10km M 5.8 6弱
3月12日 3:59 新潟県中越 10km M 6.6 6強
3月13日 8:25 宮城県沖 10km M 6.2 5弱
3月14日 10:02 茨城県沖 10km M 6.2 5弱
3月15日 22:31 静岡県東部 10km M 6.0 6強
3月16日 12:52 千葉県東方沖 10km M 6.0 5弱
3月19日 18:56 茨城県北部 20km M 6.1 5強
3月11日 20:37 岩手県沖 30km M 6.4 5弱
3月11日 17:41 福島県沖 30km M 5.8 5強
3月11日 16:29 三陸沖 ごく浅い M 6.6 5強
3月11日 15:15 茨城県沖 80km M 7.7 6弱
3月11日 15:06 三陸沖 10km M 7.0 5弱
3月11日 14:46 三陸沖 10km M 9.0 7弱
3月12日 23:35 新潟県中越 10km M 4.4 5弱
3月12日 22:15 福島県沖 40km M 6.0 5弱
3月12日 5:42 新潟県中越 ごく浅い M 5.3 6弱
3月12日 4:32 新潟県中越 10km M 5.8 6弱
3月12日 3:59 新潟県中越 10km M 6.6 6強
3月13日 8:25 宮城県沖 10km M 6.2 5弱
3月14日 10:02 茨城県沖 10km M 6.2 5弱
3月15日 22:31 静岡県東部 10km M 6.0 6強
3月16日 12:52 千葉県東方沖 10km M 6.0 5弱
3月19日 18:56 茨城県北部 20km M 6.1 5強
3月16日(水) すぐに人体に危険が及ぶわけではない
このころ、 報道では、
海外避難の動き
外国企業の多くは拠点を西日本に移動。
各国の大使館が自国民に待避を勧告。
外国人の海外に避難の動きが広まる。
関西国際空港の国際線カウンターには多くの外国人旅行者があふれる。
日本人の冷静さ
震災にもかかわらず冷静に対処する日本人に驚く。
どうして日本では暴動や略奪が起こらないんだ 。
計画停電の混乱
一番よく聞いた言葉は、
「すぐに人体に危険が及ぶわけではない」
しかし、これは、 「後で危険な状態になる」、「後で危険が状態になる可能性がある」という意味同じである。
そして、「損傷した可能性がある」、であった。
これも、爆発後の報道写真を見ると建屋はふっとび、明らかに損傷しているのに、このように表現されていた。
おかしい。・・・・。
政府やメディアの発表は 被害を過小にみせようとしていると思えるようになってきた。 また、事故の現象は伝えるが、影響についてはほとんどコメントされていない。
こんな中で、家内と相談、
日本はかなり危機的な状態であるが、政府やメディアは事の重大性を伝えない。
危険なことがはっきり伝わってからでは手遅れである。
その前に安全なところへ移動しておく。
安全が確認されてから、戻る。
そして、この日、人生の舵を大きく南に切ったのである。
何かあったらやり直せばいい、気楽な気持ちで。 ・・・・・・・・
「オーストラリアに行く」 であった。
さっそくJESTSTARのチケットを手配、19日出発することになった。
海外避難の動き
外国企業の多くは拠点を西日本に移動。
各国の大使館が自国民に待避を勧告。
外国人の海外に避難の動きが広まる。
関西国際空港の国際線カウンターには多くの外国人旅行者があふれる。
日本人の冷静さ
震災にもかかわらず冷静に対処する日本人に驚く。
どうして日本では暴動や略奪が起こらないんだ 。
計画停電の混乱
一番よく聞いた言葉は、
「すぐに人体に危険が及ぶわけではない」
しかし、これは、 「後で危険な状態になる」、「後で危険が状態になる可能性がある」という意味同じである。
そして、「損傷した可能性がある」、であった。
これも、爆発後の報道写真を見ると建屋はふっとび、明らかに損傷しているのに、このように表現されていた。
おかしい。・・・・。
政府やメディアの発表は 被害を過小にみせようとしていると思えるようになってきた。 また、事故の現象は伝えるが、影響についてはほとんどコメントされていない。
こんな中で、家内と相談、
日本はかなり危機的な状態であるが、政府やメディアは事の重大性を伝えない。
危険なことがはっきり伝わってからでは手遅れである。
その前に安全なところへ移動しておく。
安全が確認されてから、戻る。
そして、この日、人生の舵を大きく南に切ったのである。
何かあったらやり直せばいい、気楽な気持ちで。 ・・・・・・・・
「オーストラリアに行く」 であった。
さっそくJESTSTARのチケットを手配、19日出発することになった。
3月15日(火) 関西へ避難
このころ、
気象庁は、マグニチュード9.0を記録した東日本大震災について、今後も強い余震が発生する可能性を強調していた。具体的には、今後3日以内に70%の確率でマグニチュード7以上の余震が起こる可能性があり、今後も厳重な警戒をと呼びかけていた。
福島第一原発では引き続き異常事態が発生していた。
3月15日 朝
福島第一原子力発電所2号機で大きな爆発音。
3月15日 午前6時14分
福島第一原発4号機で、原子炉建屋付近で大きな爆発音がした。
3月15日 午前9時38分
福島第一原発4号機4階付近で出火している。
福島原発の6基もある原発からは爆発や火災がつぎつぎと報道されていた。
状況は収束するどころか、悪化しているようである。原発の異常事態はいつまで続くのだろうか?
何が起こったことはわかるが、影響がどうなるのか全くわからない。
そのうちに、ふたたび大爆発がおきるのではないか?
しかし、原発事故に関しては、事の重大さのわりには、楽観的な報道・発表が多いのではないだろうか。このころ一番感じたのはこのことである。
そして、決めた事は危機管理の基本、「希望的観測・楽観的観測を捨て、最悪の事態を想定して行動してく。」
この日、とりあえず西に避難しよう。羽田空港から日本航空で大阪伊丹空港経由兵庫県、西宮市に滞在することにした。
気象庁は、マグニチュード9.0を記録した東日本大震災について、今後も強い余震が発生する可能性を強調していた。具体的には、今後3日以内に70%の確率でマグニチュード7以上の余震が起こる可能性があり、今後も厳重な警戒をと呼びかけていた。
福島第一原発では引き続き異常事態が発生していた。
3月15日 朝
福島第一原子力発電所2号機で大きな爆発音。
3月15日 午前6時14分
福島第一原発4号機で、原子炉建屋付近で大きな爆発音がした。
3月15日 午前9時38分
福島第一原発4号機4階付近で出火している。
福島原発の6基もある原発からは爆発や火災がつぎつぎと報道されていた。
状況は収束するどころか、悪化しているようである。原発の異常事態はいつまで続くのだろうか?
何が起こったことはわかるが、影響がどうなるのか全くわからない。
そのうちに、ふたたび大爆発がおきるのではないか?
しかし、原発事故に関しては、事の重大さのわりには、楽観的な報道・発表が多いのではないだろうか。このころ一番感じたのはこのことである。
そして、決めた事は危機管理の基本、「希望的観測・楽観的観測を捨て、最悪の事態を想定して行動してく。」
この日、とりあえず西に避難しよう。羽田空港から日本航空で大阪伊丹空港経由兵庫県、西宮市に滞在することにした。
3月14日(月) 福島第1原発事故
3月11日
福島第1原発は、地震の揺れを検知してすべて停止する。
1~3号機の緊急炉心冷却装置稼働用の非常電源が故障。
政府は原子力緊急事態を宣言した。
3月12日
福島第1原子力発電所の1号機で、12日午後3時半過ぎに爆発音が聞こえ、白煙が上がった。
3月13日
3号機の燃料棒が露出した。
3月14日
福島第1原発3号機で14日午前11時1分、白煙が上がり、爆発が起きた。
のちほど、この爆発は水素 爆発があったことが報道される。
この日、 これからどうするべきか、いろんなことが頭をよぎる。
福島第1原発事故により、いずれ放射能汚染が広がってくるに違いない。
福島第1原子力発電所から東京まで250kmある。しかし、放射能汚染は時間の問題で、確実にやってくるだろう。
東京を脱出しなければならないような深刻な事態が起こったかもしれない。しかし、その時では遅い。きっとパニックになるだろう。
こんなことを考えた結果、とりあえず関西に移動することに決定、15日羽田発伊丹行の航空券を手配した。
福島第1原発は、地震の揺れを検知してすべて停止する。
1~3号機の緊急炉心冷却装置稼働用の非常電源が故障。
政府は原子力緊急事態を宣言した。
3月12日
福島第1原子力発電所の1号機で、12日午後3時半過ぎに爆発音が聞こえ、白煙が上がった。
3月13日
3号機の燃料棒が露出した。
3月14日
福島第1原発3号機で14日午前11時1分、白煙が上がり、爆発が起きた。
のちほど、この爆発は水素 爆発があったことが報道される。
この日、 これからどうするべきか、いろんなことが頭をよぎる。
福島第1原発事故により、いずれ放射能汚染が広がってくるに違いない。
福島第1原子力発電所から東京まで250kmある。しかし、放射能汚染は時間の問題で、確実にやってくるだろう。
東京を脱出しなければならないような深刻な事態が起こったかもしれない。しかし、その時では遅い。きっとパニックになるだろう。
こんなことを考えた結果、とりあえず関西に移動することに決定、15日羽田発伊丹行の航空券を手配した。
3月13日(日)
新聞、テレビのニュースでは、東北地方は壊滅状態であることが伝えらてくる。引き波で海底が露出した海岸、飛沫をあげながら襲ってくる津波、船が陸上に打ち上げられ、車が濁流で流されている映像など、信じられないことが起こっていたのである。
地震による死者行方不明者は25,000人以上、海岸沿いの町は建物がない、広大な空き地と化している。マグニチュード は9.0、1923年関東大震災の7.9を上回る観測史上最大の地震であった。
さらに、地震によって大規模な津波が発生した。最大で海岸から6km内陸まで浸水、岩手県三陸南部・宮城県・福島県浜通り北部では津波の高さが8m~9mに達した。岩手・宮古市田老で、陸上を駆け上がった津波の高さが37.9メートルに達していたことが後日の調査で判明した。このころは大きく報道されていなかったが、この日、福島第一原子力発電所では驚くべきことが発生していたのである。
地震による死者行方不明者は25,000人以上、海岸沿いの町は建物がない、広大な空き地と化している。マグニチュード は9.0、1923年関東大震災の7.9を上回る観測史上最大の地震であった。
さらに、地震によって大規模な津波が発生した。最大で海岸から6km内陸まで浸水、岩手県三陸南部・宮城県・福島県浜通り北部では津波の高さが8m~9mに達した。岩手・宮古市田老で、陸上を駆け上がった津波の高さが37.9メートルに達していたことが後日の調査で判明した。このころは大きく報道されていなかったが、この日、福島第一原子力発電所では驚くべきことが発生していたのである。
2011年7月19日火曜日
3月12日(土)
目が覚めた。避難所の人々は三々五々起き始めていた。電車は動いているらしく、一緒に雑談していた男性と駅まで行くことにした。東の空は白みかけているが、足元はまだ暗い。撮影に持ってきたLCDライトで道を照らしながら駅に向かって歩く。京浜急行は動いていた。横浜駅で東横線に乗り継ぎ帰宅した。家に着くと家内は帰っていたが、都内の会社から川崎まで歩いて帰ったとのこと。私の緊急メールも届いたらしく、三浦半島にいたことは知っていた。さっそく、インターネットで情報収集する。大変なことが起こっていた。かってない大地震がが発生していたのである。後に東北地方太平洋沖地震名づけられる。
平成23年3月11日14時46分頃の三陸沖の地震について
報道発表日 平成23年3月11日
| 発生日時 | 3月11日14時46分頃 | |||
| マグニチュード | 8.4(暫定値) | |||
| 場所および深さ | 三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近)、深さ約10km(速報値) | |||
| 発震機構等 | 西北西-東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型(CMT解) | |||
| 震度 | 【最大震度7】宮城県栗原市(クリハラシ)で震度7、宮城県の涌谷町(ワクヤチョウ)、登米市(トメシ)、大崎市 (オオサキシ)、名取市(ナトリシ)など、宮城県、福島県、茨城県、栃木県の4県28市町村で震度6強を観測したほか、東北地方を中心に、北海道から九州 地方にかけて震度6弱~1を観測しました。 |
11日15時34分現在、青森県太平洋沿岸、岩手県、宮城県、福島県、千葉県九十九里・外房で津波を観測しています。 ・最大の高さ:釜石(4.2m)、宮古(4.0m)、大船渡(3.3m)、石巻市鮎川(3.3m)など(15時30分現在)
(気象庁ホームページより引用)
三浦市立初声中学校
バスは三浦市立初声中学校に着いた。すでに200人くらいの人が体育館に避難していた。地元の海岸沿いの町から避難してきた人たちであった。避難所は先生方が総がかりでお世話してくれている様子。
指示に従い、左奥に居場所を確保、今夜はここで過ごすことになる。
しばらくして、毛布、段ボール、カロリーメイトの支給があった。たまたま、ここでお世話になることになったが、本当に有難いことである。地元の人間でない私たちも含めてお世話してくれるとは。
石油ストーブの暖房、ガソリンエンジンの発電機を使った照明がところどころおいてある。人々はお互いに譲り合いの気持ちがあって、混乱することもない。座ったまま過ごすことになると思っていたが、どうやら、横になることができそうな状況。
まわりの同年代の男性としばらく雑談をする。先生方から東北地方で大きな地震があったとの情報提供があったが、詳しいことはわからない。11時過ぎに、照明を減らし就寝するようにとの指示があり、それぞれ寝る態勢に入った。館外のガソリン発電機の音だけが少し聞こえる。寒くて静かな時間が過ぎて行った。徹夜で館内の監視や案内など献身的にお世話してくれる先生方には心が打たれる。初めての避難所体験であったが違和感なく眠りにつく。夜半に目が覚めた時、停電は復旧している様子はなかった。再び朝まで眠りにつく。
ことの始まり
3月11日(金)
寒い快晴の朝であった。この日、私は以前から行きたいと思っていた三浦半島、荒崎へ行くことに決めた。目的は夕日の写真撮影。川崎の家を昼過ぎに出て、三崎口に2時30分ころに着く。駅前のコンビニでお菓子と水を調達、レジで支払おうとしていた時、突然停電する。店の人からレジが動かないので、販売することができないといわれる。買うのをあきらめ、店の外に出る。
突然、いままで経験したことのない大きな揺れが始まった。大地がゆっくりであるが、波のように揺れる。地震だ。周りの人も驚いている。なかなか止まらない。大変なことが起きたようだ。いやな予感が頭をよぎる。駅前ではあるが、地震規模は相当大きいが、どこが震源地かわからない。しばらくして、近くにいた男性から、仙台で大きな地震が発生したことを教えてもらう。ラジオからの情報であった。交通機関も広範囲に麻痺しているらしい。信号も止まっていた。荒崎に行きたい気持ちはあったが、津波の恐れもあるので帰ることする。とりあえず駅まで戻る。電車は動いていないが、そのうち動くのではないかと期待しながら、駅のホームで待つ。もしかしたら、今日中には帰れないと思えてきた。家内に居場所を連絡しておきたいが、、携帯電話はつながらなかったが、携帯のYahooは見ることができた。ソフトバンクの「Yahooケータイ」のトップに「災害用掲示板」があった。連絡できるかもしれない。無事であること、三崎口駅にいることを家内と子供にメールしてもらえるよう入力しておいた。
京浜急行では復旧に努めているが、見通しは不明とのアナウンスが数回。しばらくして、今日中の復旧可能性はなく、避難所にバスで移動してもらうとの説明があった。駅で立ち往生していた人々はバスで、避難所の三浦市立初声中学校の体育館移動した。
寒い快晴の朝であった。この日、私は以前から行きたいと思っていた三浦半島、荒崎へ行くことに決めた。目的は夕日の写真撮影。川崎の家を昼過ぎに出て、三崎口に2時30分ころに着く。駅前のコンビニでお菓子と水を調達、レジで支払おうとしていた時、突然停電する。店の人からレジが動かないので、販売することができないといわれる。買うのをあきらめ、店の外に出る。
突然、いままで経験したことのない大きな揺れが始まった。大地がゆっくりであるが、波のように揺れる。地震だ。周りの人も驚いている。なかなか止まらない。大変なことが起きたようだ。いやな予感が頭をよぎる。駅前ではあるが、地震規模は相当大きいが、どこが震源地かわからない。しばらくして、近くにいた男性から、仙台で大きな地震が発生したことを教えてもらう。ラジオからの情報であった。交通機関も広範囲に麻痺しているらしい。信号も止まっていた。荒崎に行きたい気持ちはあったが、津波の恐れもあるので帰ることする。とりあえず駅まで戻る。電車は動いていないが、そのうち動くのではないかと期待しながら、駅のホームで待つ。もしかしたら、今日中には帰れないと思えてきた。家内に居場所を連絡しておきたいが、、携帯電話はつながらなかったが、携帯のYahooは見ることができた。ソフトバンクの「Yahooケータイ」のトップに「災害用掲示板」があった。連絡できるかもしれない。無事であること、三崎口駅にいることを家内と子供にメールしてもらえるよう入力しておいた。
京浜急行では復旧に努めているが、見通しは不明とのアナウンスが数回。しばらくして、今日中の復旧可能性はなく、避難所にバスで移動してもらうとの説明があった。駅で立ち往生していた人々はバスで、避難所の三浦市立初声中学校の体育館移動した。
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